オークリッジを訪れた翌日、同じテネシー州にあるノリス・ダムとメルトン・ヒル・ダムを訪れました。目の前に広がるのは、静かな湖と緑の山々。一見すると、どこにでもある美しいダム湖の風景です。
しかし、少し歴史をたどってみると、この風景はオークリッジ、第二次世界大戦、そして現代の電気自動車へとつながっていきます。
ニューディール政策による公共事業、水力発電、オークリッジのマンハッタン計画、原子爆弾、そして現代のEV。
一見するとまったく別の時代の出来事に見えますが、その長い歴史をつなぐ重要な存在の一つが、テネシー川流域開発公社(Tennessee Valley Authority、TVA)によって築かれた電力インフラでした。

1933年:ニューディールとTVA
1930年代のアメリカは、世界恐慌のさなか。テネシー・バレーでは、洪水、土壌浸食、農村の貧困、電化の遅れなど、多くの問題を抱えていました。

1933年、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策の一環として、テネシー川流域開発公社(TVA)が設立されます。
TVAが目指したのは、洪水を防ぎ、川の航行を改善し、水力発電によって電気をつくり、その電力を農村や産業に届けること。さらに、農業や森林の管理などにも取り組み、地域全体を近代化していこうとしました。
つまりTVAは、単にダムを造って発電する事業ではなく、「電気と水を一体的に管理し、地域の生活そのものを変える」という、大規模な地域開発の試みでした。
TVAはその後、テネシー川水系の統合的な開発を進め、最終的には32のダムを含む大規模な水系開発を行っていきます。そして、このとき整備された電力インフラが、わずか10年後の国家プロジェクトを支えることになります。

ノリス・ダム:TVAの最初の一歩
その最初の大きな一歩となったのが、ノリス・ダムです。建設は1933年10月に始まり、1936年に完成しました。TVAが建設した最初のダムです。
現在、ダムの上流に広がるノリス湖は、モーターボートなどのウォータースポーツが楽しめる、風光明媚な場所です。しかし、この湖はもともと自然に存在していたのではなく、人間が川をせき止め、土地の姿を変え、巨大な貯水池として作り上げたものです。
そこには、20世紀のアメリカを象徴する考え方、自然を科学と技術によって管理し、生活を向上させるという考え方がありました。

そしてオークリッジへ:電力が原子爆弾を支えた
ノリス・ダムとオークリッジは、実は深くつながっています。第二次世界大戦中、アメリカ政府はオークリッジにマンハッタン計画の巨大な施設群を建設しました。そこでは最先端の核物理学だけでなく、莫大な量の電力が必要とされました。特に、原子爆弾に使うウランを濃縮する工程には、膨大な電力が必要でした。
オークリッジがマンハッタン計画の拠点の一つとして選ばれた理由には、TVAの水力発電によって大量の電力を安定して確保できることもありました。アメリカ合衆国国立公園局(National Park Service, NPS)によると、1943~45年には、オークリッジで消費された電力はアメリカ全体の発電量の約7分の1に達しました。
1930年代のニューディール政策によって整備されたTVAの電力インフラは、わずか10年ほど後には、オークリッジで進められた極秘の核開発を支える基盤となっていたのです。

原爆をつくったのは科学者だけではなかった
オークリッジでマンハッタン計画について学ぶと、原子爆弾が科学者だけによって生み出されたものではないことが分かります。巨大な施設を運転するための人員、電力、水、道路、鉄道、住宅など、巨大な都市を支えるインフラが必要でした。NPSによれば、オークリッジの人口は、当初予定されていた約13,000人から、戦争が終わるころには75,000人を超えるまでに膨れ上がったといいます。
原子爆弾の開発は、最先端の科学だけでなく、巨大な都市、産業、そしてインフラを総動員する国家的プロジェクトでした。そのインフラの一部を支えたのが、1930年代のニューディール政策によって生まれたTVAと、その後整備された電力網でした。
そして1945年8月。オークリッジのY-12施設などで濃縮・処理されたウランの一部が、広島に投下された原子爆弾「リトル・ボーイ」に使われました。
1930年代、テネシー・バレーの洪水や貧困を解決するために始まったTVAの電力開発。その電力インフラは、わずか10年余りの後、オークリッジの極秘核開発を支えることになります。ノリス・ダムから始まったテネシー・バレーの電力開発は、オークリッジを経て、日本へとつながっていたのです。

メルトン・ヒル・ダム:TVAは次の時代へ
ノリス・ダムの後、TVAはさらに多くのダムと発電施設を建設していきます。その一つが、オークリッジのすぐ近くにあるメルトン・ヒル・ダムです。建設は1960年に始まり、1963年に完成。ノリス・ダムより約30年後のダムです。1964年には発電が始まりました。
1930年代のノリス・ダムは、ニューディールの理念を象徴する存在でした。洪水を抑え、農村を電化し、地域を近代化する。電気そのものを人々の生活に届けることが、大きな課題だった時代。一方、メルトン・ヒル・ダムが完成した1960年代には、アメリカ社会はすでに大きく変わっていました。電力は生活や産業に欠かせないものとなり、TVAの役割も、時代とともに変化していきます。そして現在、この場所ではさらに新しいエネルギーの姿を見ることができます。
メルトン・ヒル・サステナブル・レクリエーション・エリア(Melton Hill Sustainable Recreation Area)には、太陽光発電設備やEV充電ステーションが整備されています。大規模な発電所ではありませんが、再生可能エネルギーを利用し、電気自動車の普及も意識した施設です。
1930年代には、「電気をまず人々の生活に届ける」ことが大きな課題でした。そして現在は、「電気を環境に配慮してどのようにつくり、どのように使うのか」という次の課題に向き合っています。ノリス・ダムからメルトン・ヒル・ダムへ。そして水力発電から太陽光発電、EVへ。テネシー・バレーの「電気の歴史」は、終わったのではなく、形を変えながら現在も続いています。

そして、フォードが再びテネシーへ
ここで、さらに100年以上前の話に戻ります。1910年代のアメリカでは、すでに電気自動車が走っていました。トーマス・エジソンは電気自動車用バッテリーを研究し、ヘンリー・フォードもエジソンとともに電気自動車の可能性を考えていたとされています。しかし、当時はバッテリーが重く、航続距離にも限界がありました。一方、フォードのT型フォード(Model T)は大量生産によって価格を下げ、ガソリン車がアメリカの自動車市場を支配するようになります。電気自動車の夢は、いったん歴史の表舞台から消えていきました。
ところが約100年後、フォードは再びテネシーで電気自動車とバッテリーの生産を計画します。西テネシーのブルーオーバル・シティ(BlueOval City)は、当初、フォードとSK Onによる巨大なEV・バッテリー生産拠点として計画されました。TVAも、この大規模な製造拠点に必要な電力インフラを整備する役割を担っていました。
しかし、その計画はその後、大きく変わります。EV需要の変化などを受けてフォードはEVトラックの生産開始を延期し、2025年にはSK Onとの合弁事業の解消も決定。現在は、フォードがこの拠点で大型ガソリン車を生産する一方、敷地内のバッテリー工場はSK Onが運営する方向となっています。
つまり、100年前に始まった「電気自動車への挑戦」が、そのまま一直線に現在へ戻ってきたわけではありません。むしろ、ここにもアメリカのエネルギー史の特徴が表れ、電気自動車からガソリン車へ。そして再びEVへ。しかし、EV化もまた市場や技術、政策によって方向を変えています。

フォードとエジソンからオークリッジ、そしてEVへ
ここまでたどってくると、ノリス・ダムからオークリッジ、そして現在のEVまで、一つの大きな流れが見えてきます。20世紀初頭、トーマス・エジソンとヘンリー・フォードは電気自動車の可能性を考えていました。しかし、ガソリン車が自動車の主流となる一方で、電力は別の形でアメリカ社会を変えていきます。
世界恐慌に対するニューディール政策では、失業者に仕事を提供するとともに、CCC(市民保全部隊)によって若者を動員し、森林、道路、公園などの整備が進められました。そして、ダムや発電所などの大規模な公共インフラも建設され、TVAはその象徴的な存在でした。
そして、そこで築かれた電力とインフラは、第二次世界大戦になるとオークリッジのマンハッタン計画を支えました。地域の生活を豊かにするためにつくられた電力と技術が、戦時には原子爆弾という、かつてない破壊力を持つ兵器の開発にも利用されたのです。
戦後・冷戦を経て、ニューディール期から発展してきた電力インフラには、さらに発電所や送電網が加えられ、テネシー・バレーの電力システムは拡大していきました。
そして現在、その長い電力インフラの蓄積は、新しい製造業や電動化を支える基盤の一つとなっています。フォードの西テネシーでのEV・バッテリー生産計画は大きく方向転換しましたが、TVAの電力網が、この地域の巨大な製造拠点を支えるという構図は変わりません。
エジソンとフォードが思い描いた「電気の未来」から、恐慌、ニューディール、戦争、原爆、そして再びEVへ。ただし、その道のりは決して一直線ではありませんでした。電気は、生活を変え、産業を変え、戦争を変え、そして今また、自動車を変えようとしています。
ノリス・ダムの静かな湖面の向こうに見えていたのは、電力をめぐるアメリカ100年の歴史。そこには、暮らしを変え、戦争を支え、そして今また新しい産業を動かそうとする「電気」の姿があります。









































